世界は暗闇に閉ざされて、者音だけが耳触りにさざめいた。
少しだけ耳を凝らせば、それは近くから聞こえる仲間たちの会話だと気付き、思わずにも、その場から 逃れようと身じろいだ。叶わないのに気づかされるのも、またさらにすぐだった。
「まっ…、オッチョッ…、くるって、見つかる……!」
「平気だ、ここは死角になってる、だから…、もっと寄れ………」
「ぅあっ、ぁ、まってっ……」
どさりと、逃げようと動かした腰を掴まれて、見事に引きずり戻された。
雑草の生い茂る道の影には、街灯が遠くから溢す恍けた明かりだけが頼りとなり、この場所にうっすらと
光を溢していた。けれど今うつ伏せにされた状態で、死角よりも感触のほうが何倍もの感覚を自分に訴えかけていた。
背中に回ったオッチョの指が、腰を捕まえるその掌が、何年とも間離れていたという記憶すら、無かったかのように静かに、極めてさもいつも通りだと見せつけるように動く。
その、静かに続く鼓動の揺らめきを遮るかのように、何度も潜んだ声を返した。
「なんだよっ……泣いてでも来るかとおもったのに……」
「泣きはしない。会う事が目的じゃなかったからな、それに、泣くほど忘れていた事もない」
「ずっと……?顔一つわすれずにか?」
「ああ……ずっとだ、何年も何年も―――お前の隣でまた戦う事を考えていた、また二人で笑う事を考えていた。何度だって思い出した、実物がないのは確かにきつかったがな」
「ははっ……すっげえなあお前、俺……泣いたり叫んだりしたし……ちょっと絶望だってしたんだぞ、なのに―――そうやって言われると……なあ」
「いや、別にもういい、目の前にこうしているんだ。今はもうお前を考えなくたって、こうして見ていられる―――……」
静まった声の先に、何を見出すこともできなかったが、想いの淵に希望がある事が伝わったせいで、沈めるような痛みを感じた。
俺のように逃げだしそうになる事もなく、この男は諦めないで立ち向かう事をただ考えていた、そして、またその隣に俺がいるという、現実を信じていた―――。
肩から動き、目の前で覆いかぶさっていたオッチョと向い合せになるように背を地面につける。
オッチョの長く垂れた髪が、さらさらと光の間から線をつくり、まるで自分を隠すように頬に触れた、くすぐったさが慣れなくて、また笑いそうになる。
オッチョの腕がゆっくりと自分の手を捕まえる。肘から撫であげて掌にあがるまでのその動きに、少しだけ胸が熱くなった。
お互いの掌が被されば、何年という時を飛ばし捕まえるかのように、オッチョは俺の掌を握りしめた。こんなに指が太くはなかったのに、まるで知らない人の皮膚だ。
「俺のこと……こんな風になると思ってたか?俺はオッチョが――こんな大人になるとは思わなかったな……」
「考えてたか?俺がどんな大人になるかと…」
「いや……あんまり…、お前みたいに前向いたのだって、結構時間経った後だし……」
「なら、俺が今まで考えてきた分、お前も考えてみろ、」
「え、なにを?ここにいるだろ?」
「ああ、俺がお前の事考えてきたこの何十年分、必死に俺の事を考えて、思って、抱かれていろ」
「えっ、いや、ここで…!?、て、…」
両手に掴んだ掌が、妙にきつく縛るように絡まったかと思えば、オッチョの流れる髪が頬に纏わりついて、キスをされた。
そのときに、ふとこの唇はオッチョのものなのだとわかれば、何年も眠っていたその心が、騒がしく声をあげて胸を叩いていた。
どくどくと心臓が、聞こえてしまうんじゃないかと鳴り響くのと、オッチョの入り込んでくる舌の感覚で、瞼が静かに揺らいで、移っていたその髪の姿が穏やかにぼやけてゆく…。
舌と舌が触れあえば、その視界すらもうわからなくなった。その一瞬の気の眠りに、思わず掌に力をこめると、それに返事をするように、オッチョの瞳が離れていった。
「今、何を考えていた?」
「お……、オ…オッチョの…事…、」
「…そうか、ならきっと…」
今度は首先へと動く頭を追いながら、何度かか細い呼吸を繰り返す。荒くはないはずなのに、その呼吸すら濡れて、ひどく乱れていた。
「俺は…報われる……」
咽喉の下に触れたあたたかい感覚が、頭の中で見た事もない映像を繰り返していた。
もしかしたら世界は明日で終わるかもしれないとも思ったら、それが妙に現実的で、もうなんだってよくなった。
ずっとオッチョの事を考えて、誰かに、出来るのならオッチョに殺されてしまえば、もうなんだってよかった。
そうやって世界が終わればいい、この陰で息する俺たちが、世界を捨てて逃げてしまえないのならば、どうだっていい。









(20090419)


検事はいまだに半分絶望してるという堕ち。